とにかく一度やってみたかった
なぜ大学院で研究しようと思ったか
私が本学で学ぶ大きな動機としては、学術的な研究やその結果を論文にまとめて発表するといった活動に以前から興味があり、“とにかく一度やってみたかった”ということが何といっても大きいと思います。もとより齢五十を過ぎての学生生活ですから、先々これが大学教官や研究職のキャリアに繋がって行けばよいなといった思いもありましたが、そうした利害得失の計算だけで忙しい日常業務の傍ら講義や論文の作成に取り組むモチベーションを維持するのは、自分には難しかったと思います。
どのようなテーマで研究をしたか
私は、公的機関で、政策的な立場から経済動向や金融システムの健全性確保、企業再生といった問題に関与してきました。特に金融機関の経営ガバナンス、リスク管理、内部統制・内部監査の評価に長く携わってきました。
この分野は、明確で定量的な基準のない中での議論が多くなるため、論者の立場、価値観等が反映しやすく、一旦意見が対立すると、不毛な論争に陥りやすいことが問題だと常々考えていました。
この問題に対する一つの解決策として、客観的・定量的な視点を重視して議論してはどうかと考えたのが、本学で論文作成を志した端緒です。
具体的には、「企業不正」をテーマに取り上げ、その原因を統計的に分析する(例えば、社外取締役の存在は企業不正の防止に有意な効果があるかなど)という内容で研究計画書を作りました。
「企業不正」をテーマにしたのは、「良い会社」の判断基準や、コスト等とのバランスの中でどこまで内部統制・内部監査に経営資源を投入すべきか等についての意見には色々な立場があるが、「企業不正」が容認できないことでは一致していると考えたためです。
どのように研究が進んだか
いざ研究に取り組んでみると、「企業不正」の発生統計に、既存のもので私の研究に使えそうなものは見当たらないことがわかり、結局「企業不正」事例を集めたデータベースを自作することになりました。予想以上に膨大な作業が発生しましたが、データベースを自作する過程で、個別の不正事例には、事故のように発生後直ちに発覚するものもあれば、談合のように何年も発覚しない場合が多いものもあることに改めて気付きました。
更にこうした潜在期間(不正発生から発覚するまでの期間)に着目した先行研究は、国内・海外共に殆どないことが分かったため、指導教官とも相談し、この部分に着目する形で論文を纏め、経済科学論究に投稿するとともに、修士論文としました。
「企業不正」事例収集のためには、公共図書館にある報道記事の情報端末を長時間借りる必要があり、週末・休日のほか、私の夏休み期間中等の開館日に、図書館に通って少しずつ作業しました。
その後のデータベース構築のための「企業不正」事例整理・検証作業等は、仕事の傍ら平日夜間・週末に自宅で行いました。何とか年末までにデータベースの原案を作り、年末年始の纏まった休みを利用してデータベースの分析を行い、その後の論文(初稿)作成に進みました。講義のある時期にも多くの時間を研究論文に充てていましたが、これは、インテンシィブ・プログラムということで、講義の必要単位数が少なくて済んだためでもあったと思います。
作成した論文は、経済科学論究に投稿したのですが、「掲載」と決まるまでの間に、レフェリーからは「読み難い」等のご指摘があり、何度も書き直しました。
書き直しの過程では、考えが整理し切れていない部分、足りない部分等が初稿に多く残っていたことを思い知らされ、大いに反省しました。もっともこの過程では、自分が気付かなかった分析の視点が学べましたし、論文を書く際の“作法”のようなものに馴染む機会も得られました。
研究をしてみて、どのようなことが得られたか
私の修士論文は、最終的に入学時に提出した研究計画書とは異なる内容のものになりました。もっとも、研究内容が変遷して行く過程では、当初自分が予想していなかったような新しい発見がありましたし、博士後期課程で取り組む次の論文のヒントも得られ、大きな収穫がありました。
更に、研究の過程で多くの文献に当たり、統計的な分析手法等を検討する中で、それまでの自分の知識を整理し、不足していた部分を学ぶ機会も得られ、自分の知的財産を増やす意味でも、将来のキャリアを考える上でも大変有益であったと思います。