なぜ大学院で研究しようと思ったか
私は高齢者福祉に携わり、介護施設に勤務しています。社会福祉領域の専門職大学院を修了し、そこでは当事者本人の意思を尊重した支援について実践研究をまとめました。相談援助職としては納得のいく結果を得られましたが、施設を運営する立場として、専門職育成と組織運営について考えてみたいという思いは残っていました。その思いは次第に、もう一度大学院に、そして行くのであれば研究科大学院で研究に取り組んでみたいと大きく膨らんでいきました。大学院に行くには、職場や家族の理解をはじめ時間の捻出はもちろん、相当な勇気も必要でした。それでも本学のアドミッション・ポリシーにある「社会において抱いた問題意識等を、大学の知との融合によって発展させ、理論的且つ実践的に解決することを目指す」ことに背中を押されました。この先、研究職を目指すわけでもない者が堂々と「知見を社会に還元する」ために入学を志すことが出来ました。
どのようなテーマで研究をしたか
高齢者介護施設に勤務する介護職員が管理職になりたがらない傾向にあるのは、従来「介護が好きだから」といった個人要因で語られてきました。しかし、本当にそれだけだろうかという疑問を抱えていました。介護の専門職として「介護が好き」という感情を持つのは自然なことであり、たとえそれがマネジメントを回避する理由であったとしても、介護職員の意識がそのような傾向にあることと、管理職配置の関係性についてこれまで明らかにはされてきませんでした。そのため、介護職員の意識と行動を、個人要因ではなく介護職のキャリアという視点で職務と職務配置、組織構造要因から明らかにすることを課題設定としました。
どのように研究が進んだか
入学して間もないころ、副指導の禹先生から「研究に必要なのはデータである」「しかし、もっと大切なのは諦めないことである」という教えをいただきました。研究に関しては、主指導の金井先生から、文字通り一から手ほどきしていただきました。データについては力不足もあり、せっかくの聞き取り調査の機会を得ながら十分なデータを集められなかった不甲斐無さは残りましたが、諦めない気持ちというのは研究調査途上と修論執筆中に自分に言い聞かせながら進めることが出来ました。
2年間の在学中、1年目は卒業に必要な単位数を確実に取得すること、関心のある科目は積極的に受講して知見を得ることに集中しました。この間は先行研究調査を中心にしていましたが、授業を受け課題を提出する(もしくは輪読の準備をする)ことで精いっぱいでした。仕事を終え、まっしぐらに教室に向かうのは時に厳しいと思うこともありましたが、それでも大学院らしい活発な意見交換があり、たくさんの刺激と新しい発見の連続でした。
2年目は演習以外の受講はせず、研究に集中する予定でしたが、新型コロナウイルス感染症の拡大で、高齢者介護施設への聞き取り調査はおろか自職場の感染対策に追われた時期がありました。それでもようやく、5カ所の施設の了承が得られ聞き取り調査を実施することができました。実態を確認するために現場の生の声を聴くというのは非常に貴重な機会であり、ましてやあのような状況下で協力いただけたからこそ、研究も大きく進みました。初めての聞き取り調査で拙いやり取りでしたが、金井先生からは「分析軸がたくさんある」と励まされ何とか執筆に取り組むことが出来ました。
実際にどうやって仕事と両立したか
時間のやりくりが一番苦労しました。6限開始に間に合わせるために、授業のある日は1時間早く仕事を切り上げるような調整が続きました。授業の準備や課題は、往復の電車の中で文献や資料を読んだり、休日を利用して集中的に取り組みました。それでもまとまった時間はなかなか取りにくく、仕事も多忙を極めると時間を取ることすら難しいときがありましたが、隙間時間を無駄にせず「出来ることを出来るときにやる」ことを大切に両立させました。
研究をしてみて、どのようなことが得られたか
「データが重要である」。この言葉を本当に理解し噛みしめることが出来たのは、実は修論を修めてからです。しかしだからこそ、研究が面白いと思える入口には確かに案内していただけたと思っております。介護職員の昇進意欲が低い傾向にあるのは、マネジメントに関わるような機会を与えられることが他の職種に比べて少ないといった組織構造にも要因があることがわかりました。そしてそれは介護職員のキャリア形成にも影響を与えるということが自身の研究では明らかになりました。修了生として、「問題意識を大学の知と融合させ、理論的かつ実践的解決する」ためのヒントが得られたことが一番大きな成果物であり、現場に還元していくことがこれからの私の課題です。社会人だからこその面白さ、醍醐味はここにあるのだろうと思います。